建築学科攻略サイト

凡人が建築学科をスムーズにクリアしようと試みるために作ったサイトです。「攻略したぞ!」という過去形ではなく、「攻略できるかな?」というニュアンスです。
正確には、建築学科(を)攻略(したい人の)サイトです。
自分が建築学科出身で、今いろいろと仕事をしている中で、実際の現場を見て思ったこと、感じたことなどを、建築学生時代の経験に絡めて書いております。
よろしくお願いいたします。
 

2018年01月11日

2018年も一緒に攻略しましょう



2018.jpg



新年、あけましておめでとうございます。



Twitterでは、2017年の終わりと、2018年の初めに挨拶的なツイートをしたと思いますが、ブログはまだ2018年初記事を書いていませんでしたので、この機会に初アップをしておこうと思います。



なんとなく、もう2018年になってから10日以上経っているので、新鮮さのかけらもありませんが、この記事をスタートに、2018年も頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。
※今回は音声と文章で記事を書いていますが、それぞれ違う内容です。



■ 音声 2018年も一緒に攻略しましょう





さてさて、どうでしたか・・・?2017年は。



僕は以前記事にも書きましたが、とても面白い年だったと感じております。
※詳細は前回の記事で確認してください。



あと、僕が昔から書いているトレースの記事とか、将来の進路設定の記事とかを読んで、実際に実行してきた人とかは、公開から1年近く経っていますので、そろそろ実力が付いてきて、びっくりするほど世の中の見え方が変わってきている頃では無いでしょうか。



毎日トレースやってます!って連絡くれる人もいますし、年末に挨拶がてら、1年の総括を送ってくれる人もいました。建築で作った作品を送ってくれる方も沢山います。



1年ほどかけて作った、自作の詩集をくれた方もいました。
※僕は「肉」っていうタイトルの作品が好きです。笑



僕も学生の頃、色んな地道な努力を続けてみて、



1年目は今までよりももっと細かく、繊細に、かつ時代とのバランスを考えながら作品観察や時代観察、市場観察が出来るようになりました。



2年目は、その“眼”や“感性”を実際に使って学生なりに出来る仕事したり、コンペに出したりして、沢山の結果が出ましたし、その対価としてお金もうっはーうっはー儲かりました。



3年目は、自分の考えや思考、感性を実際に使うと、僕は社会においてどういうインパクトを与えるのだろう?と、うずうずしてしまい、結局実際に社会で、対消費者に試したい想いが強すぎて学業をドロップアウトしてしまいました。



で、現在に至ります。



若いころ、頭が柔らかく、許容範囲が広い時期というのは、過程は見えにくいのですが、1年くらいのスパンで見た時、地道な努力の成果が大きく実りやすい時期です。



確認できるチャンスも山ほどあります。



小さくても何か結果を残せた瞬間というのは、自分の成長を目で見て確認できます。



コンペに初めて通ったとき、初めて仕事を貰った時、初めて平常時の1か月の給与明細の金額が3ケタ万円を超えた時・・・などなど



客観的に見るとこれら単体に何の価値もありませんが、自分の“歩み”を確認するうえでは明確な足跡になりますので、小さな結果もRPGで言うセーブポイントのように捉えながら進んでいきましょう。



2017年、頑張った人は来年により大きな成果を得られるように、まだ行動できていない人は、地道でも良いのでこの1年行動出来るようにお互い頑張りましょう。



で、僕の中での2018年ですが、今年は結果にこだわる1年にしようと思っています。



勿論、思うだけでは何も変わりません。実際にやろうと思っていることがいくつかありますので、そのどれかで1つ、必ず結果を出すように逆算して行動します。



最近は、ネットやメディアの多様化から、世の中は様々な価値観にあふれています。
片一方の善は、片一方の悪だったり、向こうでは成功が、こちらでは失敗だったり、美しいものを別の角度から見たら、汚いものだったり・・・



こういう世の中では、自分の軸がしっかりと無ければ、目標も建てられませんし、それに伴う努力も出来ません。



僕はわりと自分の軸や芯がしっかりしている方(ただし、世の中の状況によっては柔軟にぐにゃぐにゃ方向を変えられます)だと思いますので、世の中(の価値観)がどうであれ、自分の決めた方向に明確に努力する、よく言えばまっすぐで、悪く言えば頑固な性格ですので、まずは自分の見定めた方向に行ってみようと思います。道はある程度見えていますので、ただ歩くだけになると思います。



そして、軸がしっかりしていない人は、目標自体が非常に抽象的なものになってしまうかと思います。それは、海図の無い大きな海を渡るようなもので、博打性もありますし、危険が伴いますので、まずは、コンパスをもっていく方向を定める事を目標にしてみるといいと思います。



そうすれば、キャパに合った目標を設定できますし、大きくキャパを外れた目標を勝手に立てて、当たり前に挫折して、無意味に苦しむことが無くなりますので。



1年でも良いので、自分を色んな方向から、バランス良く理解する1年にするといいと思います。



え〜っと、これだけだとなんか挨拶しただけの記事みたいになってしまいますので、毎年恒例ですが、これからの建築界隈でのイベントについて、ちょっとだけ触れておこうと思います。



まず、卒業設計



卒業設計は、今からピークを迎えるんじゃないでしょうか?



毎年毎年、建築学生・建築界隈では大きなイベントで、作品や評価に関して様々な議論が起こっていますね。



僕はもう建築学生では無いですし、「卒業設計って自己完結するものだ」と、昔から考えていますので、こういう議論はあまり気にしていないのですが、



「自分がどこにどういう想いで取り組んでいるか?」



という事だけは、明確にしておいたらいいと思います。



そうすることで、自分の作品に対する評価をフラットに見ることが出来ますので。たとえば、この前作品を送ってもらった時にちょっとだけその人に話をしたんですけど、学校の作品の評価基準って各大学・専門学校・高専によって明確に違いますし、審査員によっても評価が変わってきます。



一番分かりやすいのは



「設計製図の課題として作品を出すか」、「建築の課題として作品を出すか」の違いです。



似ているんですけど、明確に違いますからね。そして、コンペの審査や、学校の課題の先生によっては当たり前に区別されていて、説明することでは無いという具合で、暗黙の了解的に認知されていると思います。



だから、学校によっては、この違いを明確に説明していないばっかりに、学生が混乱しちゃってどうしようもない中途半端な作品を作っているところもあります。



ということで、僕が代わりに簡単に説明しておくと、



設計製図の課題というのは、製図の正確さや美しさが問われるのです。平面図・断面図・立面図・伏図・矩計り図・構造・実現性・・・



といった、図面の正確さが要求されます。



つまり、普通の一軒家の図面を実現可能なクオリティで正確に描いた人と、変わった一軒家を実現出来ない状態で描いた人なら、評価されるのは前者の「普通の一軒家の図面を実現可能なクオリティで正確に描いた人」なのです。



だから、こういう場面では面白さとか、奇抜さとかは考慮する必要が無く、ただ図面を正確に描くのが評価されますので、ここで「コンセプト・想い」というのはあまり気にされないのです。



そして、建築の課題というのは、コンセプトとか想いとか、そのものがこの世に生まれてくる意味がものすごく問われるのです。地球上に建つ・建たないは関係なく、「もしもそれがこの世にあったら、その物は周囲にこういう意味を持つ」というところが評価されるんです。



だから、これを正確に実施図面等で表現したり、構造を考えたりする必要ってあまり無くて、想いを伝えるためのプレゼン・模型を製作しなければいけないんです。



この二つが明確に区別出来ている人は、2つのステージに作品を出せば、どちらかのステージで必ず評価されます。



けど、この二つがごっちゃになっている人の作品はどちらのステージでも評価されません。だって中途半端だから。




重要なんでもう一回書きますけど、ごっちゃになっている人の作品はどちらのステージでも評価されませんので。



学校の教育スタイルとか、方針とか、審査員の評価の仕方とか、そういうものでこのステージは変わりますが、自分がどちらに向けて作品を制作しているのか?を、明確にしておくと、審査員からの評価コメントを今まで以上に深く理解できますし、評価されなかったからと言って無意味に落ち込むことも無くなります。

※ちなみに、以前質問箱で似たような状況のコメントをもらったので、それもこっちに載せておきます。

Q:大学の設計演習では環境性能の最適化や構造最適化はあまり重視されず、意匠(デザイン)論が重視される傾向にあると思いますが、どう思いますか。工学部にあるのだからもっと工業的な面から設計してもよいと思うのですが。

A:僕もあなたと同じようにそう思っていましたが「工学はルールに忠実で、そのルールを作るのが意匠だから、本気で工学発展させたいなら意匠やれ」って先生に言われました。その後、僕は構造解析の院に行き、実際 工学<意匠 だと実感しました。

この問題難しいですよね。「意匠は適当に楽しく感覚でやっている」と、「ほんとに考えたうえ、感性に訴えかけるためにやっている」というのがパっと見分からないから、自分で納得、実感するまで多ジャンルを勉強してみて決めないと、他人の意見ではなかなか決められないとおもいます。

構造解析のゼミ行って、「さぁ、構造解析しよう!」って思ったけど、解析する必要のあるものがなかった。結局、意匠の友達と、その子が作っためちゃくちゃな作品について議論していて、意匠のデタラメをいかに最適化するか?が、課題になった。っていう体験をしたこのがあります。途中で辞めたけど。

こういう疑問が出るということは、「設計製図の課題として作品を出すか」、「建築の課題として作品を出すか」の違いが理解できていないか、自分が評価してほしいステージに作品を出していないだけだと思うので、この違いを明確にしてから、自分の出したい方向の作品を作っていくと良いと思います。

ちなみに、仙台デザインリーグやJIA等の全国卒業設計展での評価基準は「建築の課題として作品を出すか」だと思いますので、そういうところで評価されたい場合は建築の課題として作品を出しましょう。

注:僕はこの記事を通して「建築の課題として作品を出すこと」を推奨しているわけでは無いですからね!



そして、卒業設計が終わると、人によって色々あるとは思いますが、進路選択の時期がやってくるかと思います。



進路選択については、過去の記事で沢山書いていますので、それを読んでもらった方が早いと思いますが、そろそろ、学歴社会とか、大手就職した人成功者神話も、目に見えて崩れてきていることに、当たり前に気づいてくるころだと思います。



勿論、それらが悪いわけでは無く、大手に行った人は良い思いしている部分もあるでしょうし、学歴の恩恵を受けている人もいると思いますので、どちらか一方を評価するわけでは無いのですが、一般的な就職という進路選択以外にも、進路選択の成功事例が沢山出ていて、安全な選択肢が広がってきているから、それが全てでは無い事が目に見えて理解できる時代になったということだけは間違いないでしょう。



僕が昔こういう記事を書いたころは、僕にとっては明確に見えていたんですけど、まだまだ「大手就職した人成功者神話」が根強かったので、僕の進路選択は「変わっている」と言われていましたが、今では平凡で、ごく当たり前の選択になっていると思います。



ただ、じゃあ時代に乗っかって「自由にやるぞ!」とか「個人の時代だー!」とか言っても、もうそれはすでに時代遅れの発想ですので、そのもう少し先を見据えて進路を選択を考えていきましょう。



ちなみに言っておくと、僕は今後の進路選択はポジティブな方向に変わると思っていますので、この機会に一生懸命この先の働きかたとか、自分の夢とか、そういうものをしっかり考えてみて下さい。



今まで以上に選択肢も広がり、自由度も増して、豊かさの幅も広がっていますので、よく言えば誰にでも恩恵を受けるチャンスがあるということですが、それが見えない人にとっては底なし沼みたいなものです。そこだけは注意しておかないといけないですね。



まぁ、ずっと僕の記事を読んでくれているマッチョ人間たちは、これを読んで当たり前じゃんって思うでしょうし、今まで特に何も深く考えていなかった場合は、この記事を読むことで問題を浮き彫りにして良い方向に行ってほしいなぁと思います。



そして、毎回言っていることなんですけど、僕自身もいつ底なし沼に落ちるか分からないという状況だけはみなさんと同じですので、そこは注意しながら、極力油断することなく頑張っていきます。



そんなこんなで、ぐだぐだと長くなりましたが、2018年も色々とやりますし、色んな人が参加できるようなこともやっていくつもりですので、その時は是非参加してくださいねー。




それでは、



2018年も1年、よろしくお願いします!







posted by まっく at 14:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月14日

2017年、もうおわっちゃうのか・・・?

こんにちは



いやぁ、今年もあと残すところ2週間ほどです。



って、毎年この時期になると書いているような気がするのですが・・・笑



とりあえず、恒例の1年の反省やらなんやらを短めに記事にしておこうかと思います。



おそらく、今年最後の更新になるかと思いますが、年末まで冬眠するわけではないので、Twitterのリプ・DMも、メールもいつも通り普通に返しますからね。



さてさて、今年1年を振り返ると、僕にとって2017年は、沢山挑戦してことごとく失敗した1年でした。



こう書くと非常にネガティブなのですが、僕はとても楽しかったです。笑



ほんとにね、学生の頃の自分には全く想像できなかったくらい、めちゃくちゃ楽しかったです。



学生の時って、社会人になったらなんとなく



時間も無くなって、守るものも増えてきて、失敗とか挑戦っていう環境から、どんどん離れていくのかなぁ?



と、想像していたのですが、全然そんなことはありませんでした。



もちろん、元々進路選択の段階で強く「これ!」って言いきれるやりたいことがあるわけでは無く、なんとなく色んなことができるように進路を決めたので、当たり前といえば当たり前の結果なのですが、こうもうまくいくとは思ってもいなかったです。



なんか、



「ことごとく失敗したのにうまくいった」



っていうのが語義矛盾くさいのですが、もう少し正確に表現すると



「笑って失敗しまくれる環境が作れたことが大成功」



という意味ですね。



僕は結婚もしていますし、家のローンだってまだ残っています。子そだてもいいな〜と思っています。


今の時代は普通に生きることが大変ですから、一般的な感覚だと、家庭を守るために自分を捨てて働いて、安全に安全に、安定の方向へ向かっていく時期だと思います。(年齢的にも。20代後半だし・・・)



けど、色んなことが出来ました。



とにかく、行きたいと思ったところは行きましたし、欲しいと思った本は全て買ったと思います。今まで食べたことのなかった美味しいもの沢山食べましたし、色んな展覧会にも行きました。気になるクラウドファウンディングも片っ端からかんでみました。気になる投資・金融商品も色々取引してみました。見たい映画は全部見ました。もちろん、夫婦生活を金銭的に成立させたうえでやっています。
※あ、でも今年はコンペやってないなぁ・・・。元々賞金以外なんの魅力も感じてなかったのですが、その賞金にすら魅力がなくなったので、全然やる気がおきないんですよ。



そして、ブログやTwitterでも、色んな人に会いました。



ブログやり始めのころは、そもそも誰にも見られていませんでしたし、その後は1年に一人会うか会わないかくらいのSNS的関わりしかありませんでしたが、最近は一気にSNS絡みで人に会うことも増えました。



今では募集すれば一瞬で企画のメンバーが集まる環境になりました。これは、建築学科攻略サイトが出来て5年目にして、なかなかの成長だと思います。ぱちぱちぱち〜



Skype雑談から始まり・・・徐々に参加者も増えてきて・・・
※皆勤賞の人もいますからね。笑



今年のはじめに、安藤忠雄さんの建築に盛大に宿泊するという企画をやりました。
大人数に一気に会う企画はこれが初めてだったので、ものすごく緊張しました。みんなで空中浮遊できて良かったです。


※過去企画 ■「贅沢なオープンデスク」を終えて・・・



その後東京へ出向き、若手の建築家の方を交えて10人くらいで飲み食いして、美術館巡って



タイミングが合えば色んな地域でブログを読んで下さっている方とご飯食べに行ったり、盛大に飲みに行ったこともありました。



何のために南の島に来たんだ・・・と思いながら、南の島でホテル缶詰になってSkype雑談やって



次に関西の忘年会に呼んでいただき、その後少人数で飲み直して、美術館の展覧会巡って
※Gさんまた誘ってください!あと、帰り際に久しぶりにお話させていただいたFさん、次ご飯連れてってくださいね。「今度奢るよ」って言ってくださったの永遠に覚えてますからね・・・。笑



商業ビルの飲食フロア歩き回って、1品とビール一杯注文で何件もハシゴしながら盛大にランチしたり・・・



今からはもう仕事もブログも落ち着きましたので、嫁さんと飯食いに行ったり、旅行行ったりする予定で、最後は昔の友人と会って・・・・



2017年もフィニッシュです(*'▽')



2017年、攻略サイトでも色んなことをやってみて、個人で何かをすることの難しさとか、自分の想像と現実がどれだけ乖離しているかとか、その辺の感覚もよくわかりました。



僕はもともと写真を撮るのが好きでは無いので、どこかに出かけても、人と会ってもネタ用に1枚か2枚撮る程度で、他はほとんど撮らないんだけど、深夜まで盛大に飲み歩いた後、一緒に居た体格の良いマッチョな男とデカい男二人でインカム使って撮った2ショットが後から送られてきました。



SNS関係での記念撮影っぽい写真はこれくらいしか残ってないです。



こういう生活しているから、僕のスマホにはマッチョの男か汚いおっさんか全裸の男の写真しか残らないんでしょうね・・・笑



あと、今年は結構ブログやSNSでお金使ったと思いますが、それでも普段盛大に奢ってもらっていますので、そこまで出費をした感覚が無いんですよね〜。



お金を使えば、巡り巡って自分に返ってくるとは、よく言ったもんだなぁと思いました。



「ブログの企画で使ったお金はブログで回収しているorしなければいけない」



って思われているような気がするのですが、建築学科攻略サイトはもともと広告収益とか期待せずに作っているブログですので、そんな気にしてないですよ。僕がやっている色んなことの一部にお金を流しているだけですので、結局僕がやっている色んなことの一部で回収できればそれでいいんです。



逆もまた然り・・・



まぁ、僕の感覚では、時間も沢山ありますし、お金もまだまだ余裕がありますので、まだまだいろいろ挑戦できます。



もちろん、のんびりだらだらとしていた時期もありましたが、とってもポジティブにシゲキックスに1年間を過ごすことが出来ました。



それもこれも、見ず知らずの僕の怪しさ?万歳の企画に参加してくれたり、一緒にいろいろな事を考えたり、盛大に飲みに行くのに付き合ってくれた「建築学科攻略サイト愛読者」の怪しい皆さんのおかげですので、とっても感謝しております。



また一緒に空中浮遊しようぜ!



とりあえず、来年も一緒に色んなことをやりましょう!ブログやSNS関係で何か企画したときは、今年以上に参加していただけると嬉しいです!



そしてそして、僕がやっている不動産のお仕事に関して。

※ブログとかTwitterの発言の影響か、全然働いてないやつって思われているっぽいんだけど、僕はちゃんと仕事らしい仕事もしていますからね。労働時間と給料に関係が無いだけです。仕事していないわけではありません!



この前、記事で書いたんだけど、年末調子ぶっこいて、大風呂敷を広げて大コケしたのですが、それもしっかりと片づけましたよ。

※前回記事はこちら ■ 失敗とか、悲しい出来事とか・・・



ちゃんと宣言通り、今年最後の売り上げもあげましたので、



調子乗って有頂天→仕事パーになる→叩き落とされて絶望する→大復活する→調子乗って有頂天←イマココ



という奇跡的なV字の流れで、今までにも増して気持ちよく年が越せそうです。笑



これもね、僕の雰囲気的に



1件失敗しちゃったからサラッともう1件補填してやったぜ♪



みたいに、スマートで会心の一撃的方法で解決したとイメージされる気がするんですけど、そんなことはないですからね。超地味でしたよ・・・笑



1件仕事トんでから1か月以内(年末がリミットなので)に出来る仕事、売り上げにつながる可能性のある作業を全部紙に書きだして、片っ端からやっていく。昔の顧客資料を全部出してきて、誰が何(どんなもの)を求めていそうか?を片っ端からやっていく。ドライブして、よさそうな物件情報、新しい造成地の情報を足で回収してくる・・・などなど



こんな感じで、とにかく時間的に、物理的にできることをすべてやりつくしました。結局ね、最後は、地道にこつこつやって、いざというときちゃんと頭下げれる人が勝つんですよ。



いつもならこの季節は、年末の旅行の計画とかしている時期ですから、まさか年末間際にこんなに必死に働くとは思ってなかったです。笑



けど、人間本気出せば



「やる予定だった仕事飛んだ!仕事ねぇ〜!あ〜、もうムリムリム〜リム〜リムリ!」



っていう状態から1週間くらいで数千万の仕事(売り上げ)取れることが分かったので、それも良い経験です。




僕は普段の行いがとっても良いから、最後は運も味方してくれるんですけどね(`・∀・´)エッヘン!!



まぁまぁ、とにかく普通の仕事に関しても、個人でやっていることに関しても、最後の最後までハラハラドキドキの楽しい1年でした。



来年はもっと、アグレッシブに行けると良いなぁ。



2017年とにかく実感できたのは、僕が学生の頃に思い描いた第一歩目くらいは実現したんじゃないかなぁと思っています。



もともと、「これがやりたい!」と思う物が無かったので、アトリエに行くわけでも無く、ゼネコンに行くわけでも無く、非常に抽象的ですが



その時面白いと思ったものを勉強して、面白そうな本を読んで、行きたいところに行って、時間沢山あって、そんなだらだらとした生活を送りたい



と思っていましたので、そうするために必要なことを20代前半はひたすらやっていたと思います。



元々、生活水準をあげたいわけでは無く、普通に生活出来ればよかったのですが、それでも思い付きで何か体験するのも、どこかいくのも、本を買うのもお金は必要ですので、その原資を作りながら色々やっています。
※ほんとにね、色々できるようにはなりましたが、生活水準は学生のころからそこまで変わってないんですよ。家が広くなったくらいで。



で、おそらく2017年は感性と興味の赴くままにそういう生活が出来たと思うんですけど、やっぱり楽しいですよ。ストレス全くないですし。なんでもできますし、失敗しても余裕ありますし、誰にも怒られませんから。笑



ビジネスとしてやっていると、どうしても経営者の方針に従わなければいけませんし、利益をあげなきゃいけません。けど、そういう縛りが一切なく、単位を取って他者から何かを認めてもらう必要もないので、自由に好きなことを勉強しながら実験している感じです。

※もちろん、何も考えずにやると原資無くなりますので、一応最低限のシステムは考えたうえでやっていますが・・・



あとはこれを維持できるか?維持する方法は?ということも考えていかなきゃいけないので、それはそれで来年から課題が増えたなぁとも思います。



まぁとりあえず、こうやって地道にやっていきますので、来年もよろしくお願いします。



それでは、良いお年を!



ありがとうございました!








posted by まっく at 11:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

マッチョ?なやりとりを記事にしてみた

こんにちは。



たまにはマッチョなやり取りも記事にしてみようかなぁと思って、今回は今まで記事にしてきたものとちょっと違った雰囲気のQ&Aを記事にしてみました。

※記事としてシェアしているかしていないかの問題で、実際はメールやSkypeでこういう類のやり取りの方が多いんだけどね・・・



分かりやすく編集していると死ぬほど時間かかりますので、ちょっと読みにくいですけどそのままコピペでやり取りを記事にしています。
※それでも、極力分かりやすく書いたつもりですが・・・



ちなみに、忙しい人向けに、このやり取りをざっくり書くと・・・



Aさん:建築学科を卒業して、最初の進路というか、キャリアをどういう風に作っていくか?
を友達と議論したのを文章にしたんですが、感想教えてください。



まっく:いいですよ〜。僕はこういう風に思いますよ〜



っていう内容です。



以下、やりとりをそのままコピペしています。いっつもはもう少し言葉を分かりやすく変換しますが、編集するのが面倒くさいので。
ということで、僕らしからぬ非常に面倒くさい文章なので、暇な人だけ読んで下さい。笑
※今回は文章のやり取りだけ書いていますが、AさんとはSkypeやTwitterで何度もやり取りしているので、お互いのプロフィール等はお互い把握したうえでやり取りしていますので。

ちなみに、2017年の11月末頃のやりとりです。



文章中のVRとかARの意味や、何でそれらが注目されているのか分からない場合は、とりあえず持ってるスマホをGalaxyの最新機種に買い替えて、Gear VR買ってoculusをインストールすれば良いと思います。
リアルに、そんなにお金かからないので、良い投資だと思いますよ。





Aさん 疑問@
建築という枠組みのみで考えた場合、VRに生まれるであろう重力や法規から自由な表現の”建築”は、多様な形態で遊ぶポストモダン的風潮が思い起こされるが、VR の本質は、他の多くの分野と組み合わさることによる新たな体験の提供であり、形態は多様だが得られる体験としてはほとんど変化のないポストモダン建築の自由さ、多様さは超えていくことができるのではないか。その他にも”今までにない体験を、コピーペーストしてネットで配布できる”という建築にない圧倒的な強みがあり、建築よりコストパフォーマンスが良いのではないか。そもそも、これから建築に残るであろう、縛りをかいくぐる”大変だけど面白いところ"と、VR 業界に生まれるであろう、切り開いていく面白さは、質が違うので、比較ができない?



まっく 回答@
すべての文脈において従来の建築=生物が利用する物理空間として書かれているんですけど、VR・AR の世界では、生物も再定義できるわけで、VR や AR は、そもそも再定義された生物(仮に生物としましょう)にとっての新しい空間体験になるのでは?

例えば、もし Google ストリートビューに重力とか風力とか、水力とか地耐力とか地震力とかそういう指標が組み込まれて、そのストリートビュー空間に僕たちが「実際の人間と同じ感覚を持ったアバター」として入り込むタイプの空間体験が実現するような VR(ハンターハンターのグリードアイランドやマトリックス、名探偵コナンのコクーンみたいな)だったら、僕たちが VR 空間に入り込む前に、僕たちの設定をどうするか?が、「体験者=生物の再定義(そもそも、生物なのこれ?)」になって、その生物にどう作用する空間を作るかっていうテーマになるし、ストリートビューの中の設定も、風力とか重力とかそれぞれの設定が出来る(そもそも、自由すぎるフィールドなので設定する必要性も微妙ですが、設定しないと物理的にも哲学的にも存在自体しなくなるので、設定するとして)ので、疑問1に関しては全く別物なので比較しようがないと思います。

めっちゃ簡単に書くと、物理制約を無視した空間体験を実装できるのが確かに VR ですが、それならバーチャルはあくまで現実世界で物理空間を作るためのテスト空間で、世界そのものを新しく創造するっていう意味で、全く新しい世界の創造として見ると、バーチャルは現実世界と何もリンクしていない空間だと思います。

VR・AR をシミュレーションの道具として見ているか、新しい世界を創造するためのツールとして見ているかで答えは違っているんですけど、このやり取りの中ではおそらく現実世界との行き来を意識していると思うので、そうだとすれば VR の力と AI の力で死ぬほど高精度なシミュレーションが出来ますから、今までの空間体験を物理的に大きく超越したものが現実に作れるでしょうし、VR で創造される世界が第二・第三の地球で、全く別の世界における空間体験と考えるなら、もはや現実世界と全く関係が無い世界の話なので、比較が出来ないと思います。

ということで、この二つががごっちゃになっているので、腑に落ちないのかなぁと思います。

ちなみに、僕は目先の世界は VR=あくまで現実世界のシミュレーション用の仮想空間として扱われるかと思います。(あたりまえっちゃあたりまえだけど・・・)で、地球上のビッグデータを全て取り込んだ何とも言えないビッグデータ集団(仮装地球)みたいなものが出来てから、新しい世界(もはや現実と違う仮想空間=イデア的な?笑)が出来るという順番だと思います。

つまり、最初の方の VR 空間における空間と利用者の設定は、限りなく人間と地球に近いものかなぁと。grand theft auto みたいな。

ゲームとかもそうでしょ?ゲーム上の空間はなんでもありの世界なんですけど、何故かルールがあるから。それは、多分物理空間に限りなく近いルールが存在するバーチャルでないと全く共感出来ず、そもそも空間体験・“疑似”体験にすらならないから。

その疑似体験から疑似体験の疑似体験、さらにその疑似体験の繰り返しで、今の状態では想像も出来ないわけのわからない仮想空間(grand theft auto でチート使って空飛んでいるみたいな・・・)が出来る可能性はおおいにあると思いますけど、まずはシミュレーションかと・・・。

あと、補足ですけど、建築という枠組みのみで考えた場合、VR に生まれるであろう重力や法規から自由な表現の”建築”=この表現は「建築」でなければいけないのですか?これもはっきりさせたほうがわかりやすいかと・・・。そもそも、仮でもいいのであなたの中での「建築」の定義をはっきりさせたほうが良いと思います。建築って結構あやふやで、人によって全く解釈の違う言葉ですので(特に建築をまじめに勉強した人にとっては・・・)この文脈での建築をもっと抽象度の低い個別具体的な言葉に置き換えたほうがいいのでは?




Aさん 返信
"VR・AR をシミュレーションの道具として見ているか、新しい世界を創造するためのツールとして見ているか"
について・・・

おそらく、僕と彼の間で、VRに対してどれだけ楽観的か、によりこのすれ違いが生じたのだと思います。僕は、15〜20年後に、仮想地球・イデア的空間が大量発生する、という前提で議論していて、友人はその時間のスパンだとまずは現実のシミュレーション・ビッグデータ収集に終始するのではないか、という立ち位置なのだと確認しました。

なので、自分は、15〜20年後にイデア的空間のデザイン力が問われるようになった時に、本気を出して様々な体験を量産していきたいので、今はその準備期間、という捉え方ですし、友人は、結局それだけ時間がたってもようやっとビッグデータ収集が終わるくらいなので、我々の世代はまだ現実に残っている課題を物理的な建物で解いた方が面白いのではないか、というスタンスだったのだと思います。

"建築"の定義に関して、僕は、
・「人間の知覚を変化させることで、行動をある程度コントロールする、物質/非物質問わない構築物全て」
・「その中でも、人間が包まれている、と感じられる技術?」←これはまだ不確かですが、スマホやネットサービス等を議論の上から外すために定義してみました。僕は個人的にそれらも建築だと思いますが…
※Hans Hollein "全ては建築である"などがかなり僕の考え方に近いと思います。彼は、麻薬も、人間の知覚を変化させるので建築だ、と言っています。笑

Hans Holleinもそうですが、いわゆる現象学的な考え(ものとしての絶対現実は存在しないので、人の知覚にうまく作用していけば現実はいくらでもいじれる)というのが、VR界隈をはじめとした人のスタンスだと思います。仏教の考えも近いかもしれません。

建築という枠組みのみで考えた場合、VR に生まれるであろう重力や法規から自由な表現の”建築”=この表現は「建築」でなければいけないのですか?これもはっきりさせたほうがわかりやすいかと・・・。
なので、僕のこの質問に対しての答えとしては、”一般的に建築と捉えられなくても、まあ似たような効果を生み出せるし、作れるものも面白そうなので問題ない”という感じだと思います。

一方で、友人の建築の定義は、
・「敷地が存在して、物理的に建っている建物」
という感じだったので、微妙に話がすれ違ったのだと思います。

おそらく、ここでさらに議論すべきなのは、どういう評価軸・利用者・利用のシチュエーション・設計対象ならVR/AR技術(拡大解釈された"建築"の一部)がクラシックな建築に対して有効と言えて、逆はどのような場合なのか、という議題だと思います。VR/AR以外も、ネットサービスなど、様々なメディアを比較して行く必要が出て来るかもしれません。この際のVR/ARは、イデア創出のツールとしてではなく、完全シミュレーションを実現するためのツールとして定義しています。(そもそもこの議論の目的が、10年後、面白いものを作れる立場にいくために、自分たちはどのように振舞って行くか、というものだったので、10年後ならまだVR技術はシミュレーションビッグデータを作る途中かな、という間違っているかもしれない共通認識の元です。)

例えば、VR/ARはある体験を担保するのに必要な材料費が限りなくゼロに近い、ということや、瞬間風速的な驚き・感動を与えるには適しているメディアだと考えられます。前者は、現状もっとも有効なVR/ARの性質で、実際体験するとコストがものすごくかかる体験(軍事訓練、手術など)を再生産するために、実装がされているようです。

一方で、人間の身体が物理的であるため生まれる問題(雨・風・地震・火事・体の衰えなど)は、物理的な建築でしか今の段階では解決できませんし、VR/ARのコンテンツから、建物としての建築が生み出すような日常生活にじわじわ浸透して行くような効果を与えられるかは、確かにまだ疑問が残ります。現状、自然にVRを使う、というのは無理があり、かなり頑張ってVRを準備しなければいけないので。スマホは日常生活を変えた、といいますが、自分たちは未だベッドで寝て、風呂に入って、椅子に座っている、的な感覚です。
もしかしたら、VRをやりつつ、現実空間からVR空間へのスムーズな導入を、現実の建築として設計できたら、面白いし、需要もあるのかな、と最近は少し考えています。



Aさん 疑問A
そのノイズを弄れる能力とは、本当に価値がある能力なのだろうか?要は、ストレス耐性、我慢能力みたいな話なんじゃ?



まっく 回答A
さっきの冒頭の文章で、バーチャル空間=シミュレーション空間だったら、ノイズを弄べる能力に価値があると思いますし、イデアを創造するっていう話なら、何の価値も無いと思います。もちろん、ノイズを弄んできた人たちのほうが目先人々の共感を得やすい感覚を持ってるとは思うんですけど、イデアの世界とかの話になると、結局は「大衆の共感」から「個別具体的な共感」に分かれていくと思うので(細分化されたとしても、グループわけ出来ると思うけど)。




Aさん 返信
こうなった時に、果たして自分が建築から一度離れてVR業界に飛び込むのは適切なのか、ちょっと考えてしまいます。ただ、行かなければわからないでしょうし、あとで好みの話もするのですが、とりあえず飛び込もう、というのが今の気持ちです。




Aさん 疑問B
じゃあその 10 年図面引きで頑張ってくれた人をヒューマンコンピューティングできる立場に行けばいいんやな。笑まっくさんはこれを目指しているようだが、具体的にはどのようにして実現するプランなのだろうか...



まっく 回答B
一番簡単なのは個人レベルでの話。僕が実現させたい世界を僕が出資(今の段階ではアイデアとかお金とか。もう少し先になると何を出資するか分からないけど)して僕が勝手に作るっていう感じ。たとえば、YOSHIKIの透明なドラムとか、透明なグランドピアノとか(音楽性の話はしてないからね。自分の世界観が必要としている道具をビジネス的に作ることが出来るか出来ないかの話ね)。こういう次元ではもうほぼ実現できると思います。(数百万レベルの金を貯めれば出来ますので、僕に限らず誰でも出来る)ただ、個人レベルで実現したいものが無いから困っているけど・・・。で、レベル低い話でいくと、建築学科攻略サイトも極端な話バーチャル空間=イデアの創造(まっくっていうキャラクターは、現実世界の僕をバーチャル空間に映し出したものですので)ですし、僕が主催するイベントは現実に行われていることだけど、もっと抽象的に言うと僕が作り出したルールが適応されたバーチャル空間の出来事なので。



もう少し次元を増やすと、小さなテーマパークの創造みたいな。ディズニーランドとか USJとか、もっと小さな規模でいくと個人経営の雑貨屋さんみたいな。



ざっくり言うと山 1 個買い取って、自分の好きな建物とか自分の好きなものばかり集めて「まっく(実際つくるときは実名がいいなぁ)ランド作る」みたいなニュアンスですかね。こういう事言うと「宗教じみている」って言われるけど・・・。笑




Aさん 返信
これは、僕も最近考えています。かなりアホっぽく、本筋と少しずれますが、
・都会の高層階〜屋上に、銭湯、アスレチック(フィットネス)、コインランドリー、床屋を無料で使える複合施設(家以外での自分が好きな居場所を全部詰め込んで見たいし、タダで使わせても公衆便所見たく臭くならない公共空間が欲しい、という欲望です。笑)
・建物と建物の間を生身のロープーウェイで移動する(理想は渋谷)
この二つは、いつか仕掛けたいな、と思っています。笑



Aさん 疑問C
なぜ絵を描けない映画監督の言うことをアーティストは聞くか。映画監督は彼らの見えない作品の全体像が見えるから。体験デザイナーと建築家、どちらがより全体像が見えるのか。おそらくただの VR デザイナーでは建築家に食われる?



まっく 回答C
今までの話だと、目指す世界がものすごく細かく細分化された価値観を持った世界なので、自分がどこに属するかですべての状況が変わってくると思うので、「一般論」としてこれを考えてしまうと、ドツボにはまって抜けられなくなる気がしますが・・・このあたりは「自分の好み」で決めればいいんじゃない?最後の最後で無責任だけど・・・笑僕なんて色々な物事について好みや感情を除いて出来る限り客観的な答えを出す試みをしてはいますが、人生についての最終的な決定は、超好みで身の振りを考えていますよ。これは客観視出来ないと思うので。




Aさん 返信
目指す世界、というのは、僕がこういう世界を目指します!というより、これから変化して行くであろう方向性が、細分化された価値観を持った世界である、という理解で正しいでしょうか。それは、色々な人が言っているし、肌感覚としても非常にわかります。(建築家センセーの作るもんはすごいんだ!とならない現代、など。)

友人とひたすら議論していても、結局は何かを設計する際の、どの側面に惹かれているか、という好みによって進んで行く道が変わるのだろうな、と最近思い始めています。なので、お前の目指している方向はつまらないぞ、と理屈で遠回しに言われてしまっても、でも俺は面白いと思う、としか返事ができない、というか...
議論していた友人は、おそらく特に体験・モノとして理屈なしに惹かれるものはないが、ひとまず有利な立ち位置に居たい、というスタンスかな、と思いました。もしくは、設計により何かが最適化されることに喜びを見出している。

僕はそもそも建築を始めたのが、OMAのCCTV(あとあと建築界ではよくない評判もあることを知りました。)の”見たことない形の変なものが、馬鹿でかいスケールで建っている”というロマンに惹かれたからです。必ずしも”最適"ではないが、新たな次元・評価軸のようなものが生まれる瞬間が好きなのだと思います。最近の使い古された言葉では、イノベーション・ディスラプションと言ったりしますが...
しかし、"見たことのない形の変なもの”は、今の時代建物に求められなくなりました。しかし、一般の人でもその欲望・ロマンは少なからずある。その、ロマンの行き所が、ゲーム・映画・テーマパークなど様々なメディアに分散して行った感覚があります。

あとは、小さい頃から、現実の街で遊ぼうとしても、どうしようもないベッドタウンだったのですぐに飽きてしまい、それよりもゲームで楽しく遊んだ思い出が強く記憶に刷り込まれている、というのがあると思います。

ただ、その中でも工夫して楽しく外で身体を使って遊んだ思い出もあるので、理想としては、”大人がバカ真面目になって身体を使うゲーム的状況を、現実空間において発生させる”という仕事がしたいのだと思います。これは、先ほど書いた銭湯やロープーウェイに繋がると思います。
なので、ひとまずは思いっきりゲームに振ってみよう、ゲーム業界の中でも一番成長していて”見たこともない変なもの”がたくさん作れるのはVR業界ではないか、という考えで身を振ろうと今は考えて居ます。



Aさん 疑問D
VR/AR業界で経験を積み、新たな種類の”映画監督”的ポジション(体験のデザイナー)を身につけ、社会的な信用を得られれば、物理的な建築も、体験を担保する一つのメディアとして設計できるのでは?



まっく 回答D
出来ますよ。誰が共感してくれるかによりますけど。結局、ビジネスとか出資の回収とか、そういう視点があるから、今は大衆を洗脳するメディアを作らないと社会的信用と定義されないだけで、もっと細分化されたグループの中では信用を得られて体験を担保する一つのメディアとして設計出来ますよ。
実際、建築学科攻略サイトなんて特定の人からだけ信用されているメディア(体験)ですし・・・。これくらいの規模のイデアだと、現時点で実現可能です。



その他雑談



Aさん
その際、既存の免許を持つ建築家と自分の目指す職業の関係性は、所員と巨匠建築家に近いものになるのでは?



まっく
上に書いた通り、相手の人数によります。相手が少数だったら神(想像主)と民(体験者)として成立します(僕がやろうとしていること。何度もしつこく書くけど、こういう事書くと宗教じみているとか言われるけど・・・笑)し、もっと大きな人数を相手にする場合は巨匠(神=創造主)と所員(とりつぎ)と民(体験者)として成立すると思います。




Aさん
多くの建築系の人は、建築士免許があるからそれは起こらない、とされるが、免許を持った彼らは上記のような力を持った体験デザイナーの下で働くことになるのでは。
→その根拠は何になるのか…?体験デザイナーの方がより社会的信用を得ていることが条件…?



まっく
それってもう今の時代ですでにそうだと思いますよ。建築士免許なんて運転免許よりも身体能力が必要無い資格ですので、脳に電極ぶっさして知識インストール出来る時代が来れば何の意味も無い資格だと思います。そもそも、建築士を与えるというより、建築士を持っていない人から「何かを生み出す(作るの方がいいかな・・・)権利」を奪うっていうシステムの資格なのでぶっちゃけスマホ1台あれば今の時代でもじゅうぶん取って代われると思いますので。
一昔前の耐震性能の偽装問題とか以降、この建築士という資格は、何かを人に与えた?大衆から何かを奪っただけじゃない??笑




Aさん
もしくは、さらにシンプルにいうと、どちらがよりお金(利益)を持ってこれる立場なのか、という話で協働の際の立場の強さが決まってくる…?だとしたら体験デザイナーと建築家なら前者なのか…?



まっく
それは昔から今もそうだと思います。ここが大きく変わるためには、世界が資本主義を放棄しなきゃいけないから、世界規模の合意でこういうことが起こる確率的に低いと思いますが。
ただ、反資本主義の集団が出てきて、独自のルールを持った世界(イデア)を作った場合、その世界においては「どちらがよりお金(利益)を持ってこれる立場なのか、という話で協働の際の立場の強さが決まってくる」ということにはならないと思います。(宗教団体とか完全にそうじゃないの?で、宗教団体と実社会の結びつきを担保するために宗教団体が金を持っているってのが今の構造かと・・・)
こうなったら、もうどちらに共感して、どちらの世界に属するかの問題じゃないですか?
ちなみに僕は、20数年間資本主義の感覚が染みついているので、当面は資本主義のルールにのっとって色々と先の事を考えているけど・・・。




Aさんの話相手の意見
自分は発注者サイドが結局力持つと信じ込んでるから最終的にはそっちから殴り込む形になる



まっく
これはおおいに共感。僕もそのスタンスだけど、多分日本規模・世界規模でこういうことやる人って超頭良い人で、僕がそういう人たちとガチで勝負しても勝てる確率が低いから、地方・もっと小さな村あるいは特定の集団規模でそういうことをやろうとしているのが僕の今の活動。これは大学の時から変わってないです。
※この対話中の「守秘義務」のくだりについて。表向きはそうだけど、今って実際一つの機関が世間と情報をシャットアウトして守る方がコストがかかると思うから、実際はビッグデータとしてシェアされるんじゃないの?
しかも、守ろうとしている情報を技術っていうフレームに限定すると、そこまで難しいものでは無いと思うし・・・個人情報とかの話になると、それはデータとかシェア云々の話では無く、モラルの話だし・・・








posted by まっく at 20:06| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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