建築学科攻略サイト

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2015年02月19日

就職活動や進路選択に”失敗”があるとしたら・・・

こんにちは。


毎度のことながら、建築関係の人たちの間では卒業設計の話題が増え、その後すごいスピードで就職の話に切り替わるというルーティーン2015年版の真っ最中ですね。


課題・合宿・イベント・就活・卒業設計・就職という6つの歯が付いた歯車があって、毎年それがぐるぐる回っているような、そんなイメージです。


で、今は興味・話題の歯車が卒業設計の段階まで来ていて、それがゆっくりと就職とか進路選択にシフトしていくような時期でしょうか。


まぁそんな時期ですので、僕も就職とか進路関係の記事でも書こうかと思ったのですが、よくよく考えてみると、学生の頃に就職の勉強会をしたこととか、自分の進路選択についてとか、僕にダイレクトに関係があったものについては、ある程度過去にこのブログのどこかで書いているんですね。


それなので、今回はもう少しキャッチーな感じで、


就活や将来の選択の”失敗”があるとしたら、一体どんなものなのか?


というものを、僕なりに色んな例を出しながら書いてみようかと思います。


僕が学生の頃(今もそうなのかな?)は、大学を卒業して大手に入社した人が正・それ以外は反(もしくは、就職できた人が正、出来なかった人が反)という、分かりやすい大衆の価値観のようなものがあったかと思います。


そうでない考え方の人もいますが、全体的なバランスとしては、こういう価値観が占めている割合は多かったように思います。


ただ、この2つの選択肢の片一方が正解、もう一方が失敗というのは賛成できなくて、僕の感覚では


”この二つの選択肢の先には、ただ全然違った世界が広がっている”


というイメージのほうが強かったです。
※他にも沢山の選択肢があるのですが、分かりやすいのでこの例で書きます。


学生時代、僕は社会人では無かったですし、オープンデスクもインターンシップも行っていないので、どちらの世界も経験したことが無く、この仮説はあくまでいろいろな観察の結果に従った予想でしかなかったわけですが、社会人になって、他業種や他人とのかかわりが増えて、やっぱり違う世界なんだなぁということが少しずつ明確になってきました。


じゃあ、それら二つの進路選択が別物で、どちらに行こうが成功でも失敗でもないのなら、いったい何が”失敗”になるのでしょうか・・・。


突然ですが、僕には結婚する予定の人が居て、その人も最近大学で進路選択をして、今普通に働いています。


彼女は大学を卒業後、世間一般で言う「大手の一流企業」と呼ばれるところに入社しています。で、現在もそこで一応正社員として働いているわけです。


一方、僕は何度か記事にも書いたと思うのですが、大学院を途中で辞めて、新卒の採用試験もやってなかった、誰も名前も知らないような創業間もない小さな会社に入社したのです。


誰でも名前を知っている大きな会社に入社した彼女と、創業して間もない小会社に入社した僕は、正反対の選択をしているわけです。


で、そんな彼女と1週間に何回かは会話する機会があります。


ところがどっこい、自分の感覚で会話をすると、会話が成立しないのです。それは彼女も理解していると思うのですが、会話をするたび、僕と彼女は全然違う生き物なんだなぁと実感します。


2人が違う選択をしたから違う生き物になったのか、もともと2人が全く違う生き物だから違う選択になったのか、定かではないですが、とにかく現状では、普段の生活でもそうですし、働き方や働く環境、社会的な立ち位置等、まるっきり違います。

※仲が悪いわけでは無いですよ。笑。僕は自分と価値観が完璧に一致する人なんてこの世にいないと思っているので、ストレスでも何でもないですし、彼女も彼女でアホでは無いので、それくらいは理解できていると思うので・・・。


僕はこういうことを、学生の頃にある程度分かっていたので、進路選択の際に自分に合ったほうを選択しましたし、彼女も彼女でそういう選択をしているからこそ、お互い不満も無く普通に生活しているのですが、これが分からないまま大学の方針とか、多数決とかで選択してしまうと結構ストレスになります。


それなので、社会人になってからストレスと不平不満にまみれて無駄なエネルギーを使わなくても良いように、これから2人の実際の違いを羅列していきますので、選択の際の参考にしていただければと思います。


まず、彼女にはそこそこ(同年代の女性にしては)の固定給があります。たとえば、朝の9時〜夕方の5時まで働けば、成果に関係なく一定の給料が出ます。で、定時を過ぎると、それ以降の労働に対して“残業代”が支給されます。


1週間に2回休みがあり、休日に出勤する場合は振替で休日が用意されます。残業も一定時間までと定められていて、その時間を超えると会社の電気が使えなくなり、強制的に仕事を中断させられます。抜け道はありますが、会社の規定としては、働きたくてもこれ以上仕事をしてはいけないという、僕にとっては謎の時間が出てきます。


実力や勤務態度に関係なく、残業代と出勤日数・会社全体の景気で給料が決まり、年々微妙に上がっていき、資格や役職に応じて+αで給料が上がります。縛りが多くて結構ややこしいです。
※ここで言う勤務態度とは、出勤日数と残業時間が評価の指標です。


僕の場合は、個人で上げた成果によって給料が変わります。どれだけ出勤していようが、何日休もうが、どれだけ早く帰ろうが、どれだけ残業しようが、そこは評価に含まれません。嫌らしい言い方をすると、会社でいくら稼いだかで給料が決まります。


どれだけ業界の経験があっても、昔どれだけ成果を上げていても、現在進行形でしか評価されません。非常にシンプルです。


彼女はプライベートはプライベート・仕事は仕事という考え方ですが、僕はごっちゃになっています。


僕は仕事中も私用をしますし、休日も仕事をしたりします。ただ、僕は総じて、仕事をしている感覚は少ないです。だから結果ごっちゃになってるのだと思います。


なので、僕は私用のスケジュールに合わせて仕事のスケジュールを調整しますが、彼女の中では仕事に対して休日がある感覚なので、仕事のスケジュールに合わせて私用のスケジュールを調整しています。


仕事の内容も違います。


僕の場合は明確に仕事が決まっていないので、自分の業種以外の知識も必要になりますし、必要であれば全く関係のない仕事もやらなければなりません。


たまに友人に冗談で


「掃除して日当5万〜10万くらいもらってるんだよ」


とか言ったりするのですが、あながちウソでも無いんです。


逆に、彼女の場合は、明確に決まった仕事があって、それ以外の仕事は違う担当部署に振るようになります。ほとんどの場合、責任の所在を明確にさせるためにも、自分の部署以外のところを自分ではやりません。身の回りの掃除くらいはするかもしれませんが、事務所全体はおそらく清掃業者が入っていると思います。


「社会的信用」というとかなり抽象的ですが、そういうものはやはり有名企業に属している彼女のほうが圧倒的に上です。


例えばマンションなどを買うときに銀行からお金を借りようと思うと、彼女の方が圧倒的に有利です。僕は今のところ彼女の倍以上収入がありますが、それでも彼女の方が簡単に、僕よりも沢山のお金を借りられます。


人によって生活費はまちまちかと思いますが、一人暮らしの20代(僕の場合)だと、月13万円(家賃3.5万円・光熱費1.5万円・1日の食費や雑費2000円少し)ほどあれば生活できます。つまり、年間150万円あれば生活できるわけです。


仮に、東京の郊外あたりのワンルームで家賃が7万円でも、月16万円なので、普通の20代独身なら、200万円ほどあれば1年間生活できるかと思います。


で、彼女の場合は生活費の200万円稼ごうと思うと、月収30万円で5か月とボーナス50万円とかで、半年くらい継続して働く必要があります。


僕の場合は、月収200万円の月が1回で、ほかの11か月は何もしなくても1年間普通に生きられます。


つまり、収入面の自由度は、僕の方が高くなります。彼女の場合時間が評価の指標になるので、「年間200万円で生活できるんだから、今年は年収200万円でいいや」と思っても、12か月働かなければいけません。そうなると彼女の場合、嫌でも400万円くらいの収入になってしまいます。


僕の場合は時間や勤務日数は給料と関係ないので「今年はいろいろ他のことをやりたいから年間200万円あればいいや」と思えば、月(厳密に言うと1か月に数日働いて)200万円稼ぐか、同じように月100万円で年間2か月働けば良いのです。


ということは、自給自足で無い社会に囲まれて生きている以上、時間の感覚も違います。


彼女がたまに「資格取りたいけど時間がない」とか、「OOの勉強をしたいけど時間がない」とか言いだすと、ついつい


「勉強したいなら半年くらい仕事を適度にやって、生活費だけ稼いであとは時間作って勉強したら?」


とか言いたくなるんですけど、先に述べたように根本的なシステムに違いがあるので、言っても実感はしてもらえないです。言ったところで、


「それが出来たら苦労しないよ」


みたいな話になっちゃうんですね。


僕の感覚では


「いや、普通に出来るだろ・・・」


と思ってしまうのですが、彼女が生き方や価値観をがらっと変えない限りそうはいかないですし、変える権利や資格等、僕には無いので、「とりあえず頑張れー!」と、暖かく見守っておくしか無いのです。


逆に彼女の感覚で、僕の表面だけを見れば、時間の縛りも無い、会社の人にあれこれ言われる事もない、休みも自由で1か月で200万くらい稼げると来たら、


「良いねそんなに自由に出来て、短時間で沢山お金もらえて」


と思うかもしれませんが、残念ながら結果が出ないと給料が無いわけです。


つまり、実力主義と言いますか、残業とか出勤日数とかいう感覚を持っている人には想像がつかないくらい、こういうスタイルは殺伐としていますし、365日24時間頭をフルに使わなければいけないですから、かなり気疲れするのは事実です。


映画やアミューズメントパークを純粋に楽しむことなんて、到底出来ないですよ。


何かに追われているとか、いやいややっているわけでは無いですけど、職業病と言いますか、どうしても映画のセリフの言い回しとか、広告のキャッチコピーとか、そういうものに神経が集中しちゃって、ある意味では楽しいのですが、おそらく純粋にストーリーを楽しもうとか、純粋にサービスを受けたい人とは全く違う感覚になってしまいます。


こういうのも、合っている人には合っていると思いますが、普段のストレスを遊園地で解消しようとか、映画のストーリーで涙流そうとか、そういうことはなかなか出来ないわけです。


彼女も彼女の価値観で、僕の仕事や生活を「良い・悪い」と評価出来ないですし、そのことを理解しているので、何も言ってきません。


つまり、ほんとに良い悪いとか正解・不正解では無くて、


“違う生き物”


なのです。


どっちが良いかでは無くて、どっちが自分に合っているかで判断しないと、ものすごいストレスを抱えることになると思います。


僕はすべて自己責任・年齢・経験無制限の環境で実力を試すような場所が、自分に合っていると判断しました。それなので、ひとまず最初の選択を終えた今は、特にストレスも無く生きているわけです。で、次は会社でも作ろうかなと思っているのです。


逆に、彼女のようにある程度の整った環境で仕事をして、しっかりと決まった休日をとって、決まった時間にある程度決まった内容の仕事をしているほうがストレスが少ないという人もいます。彼女も彼女で休日にいろいろやっているみたいですので、次にどうするか考えてるのではないでしょうか。


これはもう、単純に好みの問題なんです。


当たり前すぎて言う価値もないかもしれませんが、客観的にこれが正解ってのは全くなくて、どこに行きたいか自分で決めたら良いと思うんですね。


ただ、自分で選択しておきながら、最終的に合ってない所に行って猛烈にストレスを感じて、


「思ってたのと違う!」


とか


「ブラック企業だ!」


とか文句言いながら生きている人が多すぎて、そういうのは意味がわからないなぁと思います。僕には到底理解できません。


結局は現実を把握しきれず、自分勝手に良いように想像した結果、ふたを開けてみたら現実がただ違っていただけですから、それに怒るというのは、自分に対して自分で勝手に怒っているだけのアホです。


文句を言う資格も無いし、嫌なら会社に環境を変えろと望むのではなく、自分の考えを改めたほうが早いです。


進路選択や生活のスタイルに成功や失敗があるとしたら、こういうのが


”失敗”


だと思います。


アトリエに行こうが、自営業をしようが、サラリーマンをやろうがコミッションで働こうが、それらはただの選択肢の一つです。


勿論、適当に過ごしていれば選択肢すら与えられずにただ落ちるところまで落ちるだけなので、最低限の努力は必要ですが、普通にやることを普通にやっていれば、大手の企業に入るか、自営業をするか、小さな会社に入るか、それくらいは選べるはずです。


ただ、そんな恵まれ放題な環境にいながら


「他にやりたいことがあるのに、今の仕事が忙しくて何も出来ない!」


とか、


「アトリエで働いているけど、毎日終電まで働いて月10万円じゃ生活出来ない!」


とか、そんなことを言う資格なんて無いんですよね。選ばされたわけでは無く、自分で選んでいるわけですから・・・。


仮に選ばされた感覚があるなら、周りのことを気にしすぎです。建築学科を出たから、建築系に就職しなきゃいけないわけでも無いですし、設計士が花形(そうなの?)だからと言って、好きでもないのに設計士を目指す必要もありません。


そもそも大手を希望する意味も、僕の感覚ではあまり分からないのですが、大手に入れないことが失敗でもなんでも無いです。


親や先生のアドバイスというのも、大切な瞬間はありますし、社会の中で生きていく以上は、周りの評価も大切です。


けど、明らかに自分に合っていない選択をすると、後々必ずしわ寄せが来ます。


最初は些細なしわなので、なんとなくスルーできますが、そのしわがどんどん大きくなっていくと、後からそれを伸ばすために、また莫大な時間や労力を使わなくてはいけません。


だから、


「小学生のわがまま」


を言うような無駄な時間を過ごしたり、自分を追い詰めないためにも、是非自分の選択肢の先にある現実をしっかりと見極めて、もう少し欲を言えば、今の社会の状況からこの先どうなるかをしっかりと見極めて、将来の第一歩を選択してみてはいかがですか?と思います。


まぁ、今回は僕がこの場につらつらと書きましたが、こういうのって普通にリクルートとかの大衆メディアにもシレっと書いてあるんですよね。


ただ、なんとなく有名企業に入ってバリバリやってる学生をなんとなく幸せっぽく取り上げたりしているので気が付きにくいだけで、シレっとこういうことを書くのが、大衆向け雑誌の憎いところです。笑


とりあえず、学生のうちの進路選択なんてのは今後の選択肢のスタートかそれ以下の物ですから、最低限のことは考えなきゃいけないですけど、あまりに重くプレッシャーを感じすぎずにやってみるのも良いかと思います。


就職活動や進路選択の失敗談というと、どうも


「希望先に内定をもらえなかったワケとは!?」

とか

「履歴書で書いたことを答えられなかった!」

とか

「希望先が実はブラック企業だった!?」

とか・・・。


色々書いてあるんですけど、それは別に失敗でもなんでも無くね?と思うので、こういう記事を書いてみました。


長くなりましたが、気軽すぎない程度に、気軽に考える材料にしていただければ有難いです。


それでは(´・ω・`)


posted by makku at 21:11| Comment(0) | 学科の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする