建築学科攻略サイト

凡人が建築学科をスムーズにクリアしようと試みるために作ったサイトです。「攻略したぞ!」という過去形ではなく、「攻略できるかな?」というニュアンスです。
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よろしくお願いいたします。
 

2017年12月05日

マッチョ?なやりとりを記事にしてみた

こんにちは。



たまにはマッチョなやり取りも記事にしてみようかなぁと思って、今回は今まで記事にしてきたものとちょっと違った雰囲気のQ&Aを記事にしてみました。

※記事としてシェアしているかしていないかの問題で、実際はメールやSkypeでこういう類のやり取りの方が多いんだけどね・・・



分かりやすく編集していると死ぬほど時間かかりますので、ちょっと読みにくいですけどそのままコピペでやり取りを記事にしています。
※それでも、極力分かりやすく書いたつもりですが・・・



ちなみに、忙しい人向けに、このやり取りをざっくり書くと・・・



Aさん:建築学科を卒業して、最初の進路というか、キャリアをどういう風に作っていくか?
を友達と議論したのを文章にしたんですが、感想教えてください。



まっく:いいですよ〜。僕はこういう風に思いますよ〜



っていう内容です。



以下、やりとりをそのままコピペしています。いっつもはもう少し言葉を分かりやすく変換しますが、編集するのが面倒くさいので。
ということで、僕らしからぬ非常に面倒くさい文章なので、暇な人だけ読んで下さい。笑
※今回は文章のやり取りだけ書いていますが、AさんとはSkypeやTwitterで何度もやり取りしているので、お互いのプロフィール等はお互い把握したうえでやり取りしていますので。

ちなみに、2017年の11月末頃のやりとりです。



文章中のVRとかARの意味や、何でそれらが注目されているのか分からない場合は、とりあえず持ってるスマホをGalaxyの最新機種に買い替えて、Gear VR買ってoculusをインストールすれば良いと思います。
リアルに、そんなにお金かからないので、良い投資だと思いますよ。





Aさん 疑問@
建築という枠組みのみで考えた場合、VRに生まれるであろう重力や法規から自由な表現の”建築”は、多様な形態で遊ぶポストモダン的風潮が思い起こされるが、VR の本質は、他の多くの分野と組み合わさることによる新たな体験の提供であり、形態は多様だが得られる体験としてはほとんど変化のないポストモダン建築の自由さ、多様さは超えていくことができるのではないか。その他にも”今までにない体験を、コピーペーストしてネットで配布できる”という建築にない圧倒的な強みがあり、建築よりコストパフォーマンスが良いのではないか。そもそも、これから建築に残るであろう、縛りをかいくぐる”大変だけど面白いところ"と、VR 業界に生まれるであろう、切り開いていく面白さは、質が違うので、比較ができない?



まっく 回答@
すべての文脈において従来の建築=生物が利用する物理空間として書かれているんですけど、VR・AR の世界では、生物も再定義できるわけで、VR や AR は、そもそも再定義された生物(仮に生物としましょう)にとっての新しい空間体験になるのでは?

例えば、もし Google ストリートビューに重力とか風力とか、水力とか地耐力とか地震力とかそういう指標が組み込まれて、そのストリートビュー空間に僕たちが「実際の人間と同じ感覚を持ったアバター」として入り込むタイプの空間体験が実現するような VR(ハンターハンターのグリードアイランドやマトリックス、名探偵コナンのコクーンみたいな)だったら、僕たちが VR 空間に入り込む前に、僕たちの設定をどうするか?が、「体験者=生物の再定義(そもそも、生物なのこれ?)」になって、その生物にどう作用する空間を作るかっていうテーマになるし、ストリートビューの中の設定も、風力とか重力とかそれぞれの設定が出来る(そもそも、自由すぎるフィールドなので設定する必要性も微妙ですが、設定しないと物理的にも哲学的にも存在自体しなくなるので、設定するとして)ので、疑問1に関しては全く別物なので比較しようがないと思います。

めっちゃ簡単に書くと、物理制約を無視した空間体験を実装できるのが確かに VR ですが、それならバーチャルはあくまで現実世界で物理空間を作るためのテスト空間で、世界そのものを新しく創造するっていう意味で、全く新しい世界の創造として見ると、バーチャルは現実世界と何もリンクしていない空間だと思います。

VR・AR をシミュレーションの道具として見ているか、新しい世界を創造するためのツールとして見ているかで答えは違っているんですけど、このやり取りの中ではおそらく現実世界との行き来を意識していると思うので、そうだとすれば VR の力と AI の力で死ぬほど高精度なシミュレーションが出来ますから、今までの空間体験を物理的に大きく超越したものが現実に作れるでしょうし、VR で創造される世界が第二・第三の地球で、全く別の世界における空間体験と考えるなら、もはや現実世界と全く関係が無い世界の話なので、比較が出来ないと思います。

ということで、この二つががごっちゃになっているので、腑に落ちないのかなぁと思います。

ちなみに、僕は目先の世界は VR=あくまで現実世界のシミュレーション用の仮想空間として扱われるかと思います。(あたりまえっちゃあたりまえだけど・・・)で、地球上のビッグデータを全て取り込んだ何とも言えないビッグデータ集団(仮装地球)みたいなものが出来てから、新しい世界(もはや現実と違う仮想空間=イデア的な?笑)が出来るという順番だと思います。

つまり、最初の方の VR 空間における空間と利用者の設定は、限りなく人間と地球に近いものかなぁと。grand theft auto みたいな。

ゲームとかもそうでしょ?ゲーム上の空間はなんでもありの世界なんですけど、何故かルールがあるから。それは、多分物理空間に限りなく近いルールが存在するバーチャルでないと全く共感出来ず、そもそも空間体験・“疑似”体験にすらならないから。

その疑似体験から疑似体験の疑似体験、さらにその疑似体験の繰り返しで、今の状態では想像も出来ないわけのわからない仮想空間(grand theft auto でチート使って空飛んでいるみたいな・・・)が出来る可能性はおおいにあると思いますけど、まずはシミュレーションかと・・・。

あと、補足ですけど、建築という枠組みのみで考えた場合、VR に生まれるであろう重力や法規から自由な表現の”建築”=この表現は「建築」でなければいけないのですか?これもはっきりさせたほうがわかりやすいかと・・・。そもそも、仮でもいいのであなたの中での「建築」の定義をはっきりさせたほうが良いと思います。建築って結構あやふやで、人によって全く解釈の違う言葉ですので(特に建築をまじめに勉強した人にとっては・・・)この文脈での建築をもっと抽象度の低い個別具体的な言葉に置き換えたほうがいいのでは?




Aさん 返信
"VR・AR をシミュレーションの道具として見ているか、新しい世界を創造するためのツールとして見ているか"
について・・・

おそらく、僕と彼の間で、VRに対してどれだけ楽観的か、によりこのすれ違いが生じたのだと思います。僕は、15〜20年後に、仮想地球・イデア的空間が大量発生する、という前提で議論していて、友人はその時間のスパンだとまずは現実のシミュレーション・ビッグデータ収集に終始するのではないか、という立ち位置なのだと確認しました。

なので、自分は、15〜20年後にイデア的空間のデザイン力が問われるようになった時に、本気を出して様々な体験を量産していきたいので、今はその準備期間、という捉え方ですし、友人は、結局それだけ時間がたってもようやっとビッグデータ収集が終わるくらいなので、我々の世代はまだ現実に残っている課題を物理的な建物で解いた方が面白いのではないか、というスタンスだったのだと思います。

"建築"の定義に関して、僕は、
・「人間の知覚を変化させることで、行動をある程度コントロールする、物質/非物質問わない構築物全て」
・「その中でも、人間が包まれている、と感じられる技術?」←これはまだ不確かですが、スマホやネットサービス等を議論の上から外すために定義してみました。僕は個人的にそれらも建築だと思いますが…
※Hans Hollein "全ては建築である"などがかなり僕の考え方に近いと思います。彼は、麻薬も、人間の知覚を変化させるので建築だ、と言っています。笑

Hans Holleinもそうですが、いわゆる現象学的な考え(ものとしての絶対現実は存在しないので、人の知覚にうまく作用していけば現実はいくらでもいじれる)というのが、VR界隈をはじめとした人のスタンスだと思います。仏教の考えも近いかもしれません。

建築という枠組みのみで考えた場合、VR に生まれるであろう重力や法規から自由な表現の”建築”=この表現は「建築」でなければいけないのですか?これもはっきりさせたほうがわかりやすいかと・・・。
なので、僕のこの質問に対しての答えとしては、”一般的に建築と捉えられなくても、まあ似たような効果を生み出せるし、作れるものも面白そうなので問題ない”という感じだと思います。

一方で、友人の建築の定義は、
・「敷地が存在して、物理的に建っている建物」
という感じだったので、微妙に話がすれ違ったのだと思います。

おそらく、ここでさらに議論すべきなのは、どういう評価軸・利用者・利用のシチュエーション・設計対象ならVR/AR技術(拡大解釈された"建築"の一部)がクラシックな建築に対して有効と言えて、逆はどのような場合なのか、という議題だと思います。VR/AR以外も、ネットサービスなど、様々なメディアを比較して行く必要が出て来るかもしれません。この際のVR/ARは、イデア創出のツールとしてではなく、完全シミュレーションを実現するためのツールとして定義しています。(そもそもこの議論の目的が、10年後、面白いものを作れる立場にいくために、自分たちはどのように振舞って行くか、というものだったので、10年後ならまだVR技術はシミュレーションビッグデータを作る途中かな、という間違っているかもしれない共通認識の元です。)

例えば、VR/ARはある体験を担保するのに必要な材料費が限りなくゼロに近い、ということや、瞬間風速的な驚き・感動を与えるには適しているメディアだと考えられます。前者は、現状もっとも有効なVR/ARの性質で、実際体験するとコストがものすごくかかる体験(軍事訓練、手術など)を再生産するために、実装がされているようです。

一方で、人間の身体が物理的であるため生まれる問題(雨・風・地震・火事・体の衰えなど)は、物理的な建築でしか今の段階では解決できませんし、VR/ARのコンテンツから、建物としての建築が生み出すような日常生活にじわじわ浸透して行くような効果を与えられるかは、確かにまだ疑問が残ります。現状、自然にVRを使う、というのは無理があり、かなり頑張ってVRを準備しなければいけないので。スマホは日常生活を変えた、といいますが、自分たちは未だベッドで寝て、風呂に入って、椅子に座っている、的な感覚です。
もしかしたら、VRをやりつつ、現実空間からVR空間へのスムーズな導入を、現実の建築として設計できたら、面白いし、需要もあるのかな、と最近は少し考えています。



Aさん 疑問A
そのノイズを弄れる能力とは、本当に価値がある能力なのだろうか?要は、ストレス耐性、我慢能力みたいな話なんじゃ?



まっく 回答A
さっきの冒頭の文章で、バーチャル空間=シミュレーション空間だったら、ノイズを弄べる能力に価値があると思いますし、イデアを創造するっていう話なら、何の価値も無いと思います。もちろん、ノイズを弄んできた人たちのほうが目先人々の共感を得やすい感覚を持ってるとは思うんですけど、イデアの世界とかの話になると、結局は「大衆の共感」から「個別具体的な共感」に分かれていくと思うので(細分化されたとしても、グループわけ出来ると思うけど)。




Aさん 返信
こうなった時に、果たして自分が建築から一度離れてVR業界に飛び込むのは適切なのか、ちょっと考えてしまいます。ただ、行かなければわからないでしょうし、あとで好みの話もするのですが、とりあえず飛び込もう、というのが今の気持ちです。




Aさん 疑問B
じゃあその 10 年図面引きで頑張ってくれた人をヒューマンコンピューティングできる立場に行けばいいんやな。笑まっくさんはこれを目指しているようだが、具体的にはどのようにして実現するプランなのだろうか...



まっく 回答B
一番簡単なのは個人レベルでの話。僕が実現させたい世界を僕が出資(今の段階ではアイデアとかお金とか。もう少し先になると何を出資するか分からないけど)して僕が勝手に作るっていう感じ。たとえば、YOSHIKIの透明なドラムとか、透明なグランドピアノとか(音楽性の話はしてないからね。自分の世界観が必要としている道具をビジネス的に作ることが出来るか出来ないかの話ね)。こういう次元ではもうほぼ実現できると思います。(数百万レベルの金を貯めれば出来ますので、僕に限らず誰でも出来る)ただ、個人レベルで実現したいものが無いから困っているけど・・・。で、レベル低い話でいくと、建築学科攻略サイトも極端な話バーチャル空間=イデアの創造(まっくっていうキャラクターは、現実世界の僕をバーチャル空間に映し出したものですので)ですし、僕が主催するイベントは現実に行われていることだけど、もっと抽象的に言うと僕が作り出したルールが適応されたバーチャル空間の出来事なので。



もう少し次元を増やすと、小さなテーマパークの創造みたいな。ディズニーランドとか USJとか、もっと小さな規模でいくと個人経営の雑貨屋さんみたいな。



ざっくり言うと山 1 個買い取って、自分の好きな建物とか自分の好きなものばかり集めて「まっく(実際つくるときは実名がいいなぁ)ランド作る」みたいなニュアンスですかね。こういう事言うと「宗教じみている」って言われるけど・・・。笑




Aさん 返信
これは、僕も最近考えています。かなりアホっぽく、本筋と少しずれますが、
・都会の高層階〜屋上に、銭湯、アスレチック(フィットネス)、コインランドリー、床屋を無料で使える複合施設(家以外での自分が好きな居場所を全部詰め込んで見たいし、タダで使わせても公衆便所見たく臭くならない公共空間が欲しい、という欲望です。笑)
・建物と建物の間を生身のロープーウェイで移動する(理想は渋谷)
この二つは、いつか仕掛けたいな、と思っています。笑



Aさん 疑問C
なぜ絵を描けない映画監督の言うことをアーティストは聞くか。映画監督は彼らの見えない作品の全体像が見えるから。体験デザイナーと建築家、どちらがより全体像が見えるのか。おそらくただの VR デザイナーでは建築家に食われる?



まっく 回答C
今までの話だと、目指す世界がものすごく細かく細分化された価値観を持った世界なので、自分がどこに属するかですべての状況が変わってくると思うので、「一般論」としてこれを考えてしまうと、ドツボにはまって抜けられなくなる気がしますが・・・このあたりは「自分の好み」で決めればいいんじゃない?最後の最後で無責任だけど・・・笑僕なんて色々な物事について好みや感情を除いて出来る限り客観的な答えを出す試みをしてはいますが、人生についての最終的な決定は、超好みで身の振りを考えていますよ。これは客観視出来ないと思うので。




Aさん 返信
目指す世界、というのは、僕がこういう世界を目指します!というより、これから変化して行くであろう方向性が、細分化された価値観を持った世界である、という理解で正しいでしょうか。それは、色々な人が言っているし、肌感覚としても非常にわかります。(建築家センセーの作るもんはすごいんだ!とならない現代、など。)

友人とひたすら議論していても、結局は何かを設計する際の、どの側面に惹かれているか、という好みによって進んで行く道が変わるのだろうな、と最近思い始めています。なので、お前の目指している方向はつまらないぞ、と理屈で遠回しに言われてしまっても、でも俺は面白いと思う、としか返事ができない、というか...
議論していた友人は、おそらく特に体験・モノとして理屈なしに惹かれるものはないが、ひとまず有利な立ち位置に居たい、というスタンスかな、と思いました。もしくは、設計により何かが最適化されることに喜びを見出している。

僕はそもそも建築を始めたのが、OMAのCCTV(あとあと建築界ではよくない評判もあることを知りました。)の”見たことない形の変なものが、馬鹿でかいスケールで建っている”というロマンに惹かれたからです。必ずしも”最適"ではないが、新たな次元・評価軸のようなものが生まれる瞬間が好きなのだと思います。最近の使い古された言葉では、イノベーション・ディスラプションと言ったりしますが...
しかし、"見たことのない形の変なもの”は、今の時代建物に求められなくなりました。しかし、一般の人でもその欲望・ロマンは少なからずある。その、ロマンの行き所が、ゲーム・映画・テーマパークなど様々なメディアに分散して行った感覚があります。

あとは、小さい頃から、現実の街で遊ぼうとしても、どうしようもないベッドタウンだったのですぐに飽きてしまい、それよりもゲームで楽しく遊んだ思い出が強く記憶に刷り込まれている、というのがあると思います。

ただ、その中でも工夫して楽しく外で身体を使って遊んだ思い出もあるので、理想としては、”大人がバカ真面目になって身体を使うゲーム的状況を、現実空間において発生させる”という仕事がしたいのだと思います。これは、先ほど書いた銭湯やロープーウェイに繋がると思います。
なので、ひとまずは思いっきりゲームに振ってみよう、ゲーム業界の中でも一番成長していて”見たこともない変なもの”がたくさん作れるのはVR業界ではないか、という考えで身を振ろうと今は考えて居ます。



Aさん 疑問D
VR/AR業界で経験を積み、新たな種類の”映画監督”的ポジション(体験のデザイナー)を身につけ、社会的な信用を得られれば、物理的な建築も、体験を担保する一つのメディアとして設計できるのでは?



まっく 回答D
出来ますよ。誰が共感してくれるかによりますけど。結局、ビジネスとか出資の回収とか、そういう視点があるから、今は大衆を洗脳するメディアを作らないと社会的信用と定義されないだけで、もっと細分化されたグループの中では信用を得られて体験を担保する一つのメディアとして設計出来ますよ。
実際、建築学科攻略サイトなんて特定の人からだけ信用されているメディア(体験)ですし・・・。これくらいの規模のイデアだと、現時点で実現可能です。



その他雑談



Aさん
その際、既存の免許を持つ建築家と自分の目指す職業の関係性は、所員と巨匠建築家に近いものになるのでは?



まっく
上に書いた通り、相手の人数によります。相手が少数だったら神(想像主)と民(体験者)として成立します(僕がやろうとしていること。何度もしつこく書くけど、こういう事書くと宗教じみているとか言われるけど・・・笑)し、もっと大きな人数を相手にする場合は巨匠(神=創造主)と所員(とりつぎ)と民(体験者)として成立すると思います。




Aさん
多くの建築系の人は、建築士免許があるからそれは起こらない、とされるが、免許を持った彼らは上記のような力を持った体験デザイナーの下で働くことになるのでは。
→その根拠は何になるのか…?体験デザイナーの方がより社会的信用を得ていることが条件…?



まっく
それってもう今の時代ですでにそうだと思いますよ。建築士免許なんて運転免許よりも身体能力が必要無い資格ですので、脳に電極ぶっさして知識インストール出来る時代が来れば何の意味も無い資格だと思います。そもそも、建築士を与えるというより、建築士を持っていない人から「何かを生み出す(作るの方がいいかな・・・)権利」を奪うっていうシステムの資格なのでぶっちゃけスマホ1台あれば今の時代でもじゅうぶん取って代われると思いますので。
一昔前の耐震性能の偽装問題とか以降、この建築士という資格は、何かを人に与えた?大衆から何かを奪っただけじゃない??笑




Aさん
もしくは、さらにシンプルにいうと、どちらがよりお金(利益)を持ってこれる立場なのか、という話で協働の際の立場の強さが決まってくる…?だとしたら体験デザイナーと建築家なら前者なのか…?



まっく
それは昔から今もそうだと思います。ここが大きく変わるためには、世界が資本主義を放棄しなきゃいけないから、世界規模の合意でこういうことが起こる確率的に低いと思いますが。
ただ、反資本主義の集団が出てきて、独自のルールを持った世界(イデア)を作った場合、その世界においては「どちらがよりお金(利益)を持ってこれる立場なのか、という話で協働の際の立場の強さが決まってくる」ということにはならないと思います。(宗教団体とか完全にそうじゃないの?で、宗教団体と実社会の結びつきを担保するために宗教団体が金を持っているってのが今の構造かと・・・)
こうなったら、もうどちらに共感して、どちらの世界に属するかの問題じゃないですか?
ちなみに僕は、20数年間資本主義の感覚が染みついているので、当面は資本主義のルールにのっとって色々と先の事を考えているけど・・・。




Aさんの話相手の意見
自分は発注者サイドが結局力持つと信じ込んでるから最終的にはそっちから殴り込む形になる



まっく
これはおおいに共感。僕もそのスタンスだけど、多分日本規模・世界規模でこういうことやる人って超頭良い人で、僕がそういう人たちとガチで勝負しても勝てる確率が低いから、地方・もっと小さな村あるいは特定の集団規模でそういうことをやろうとしているのが僕の今の活動。これは大学の時から変わってないです。
※この対話中の「守秘義務」のくだりについて。表向きはそうだけど、今って実際一つの機関が世間と情報をシャットアウトして守る方がコストがかかると思うから、実際はビッグデータとしてシェアされるんじゃないの?
しかも、守ろうとしている情報を技術っていうフレームに限定すると、そこまで難しいものでは無いと思うし・・・個人情報とかの話になると、それはデータとかシェア云々の話では無く、モラルの話だし・・・








posted by まっく at 20:06| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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