建築学科攻略サイト

凡人が建築学科をスムーズにクリアしようと試みるために作ったサイトです。「攻略したぞ!」という過去形ではなく、「攻略できるかな?」というニュアンスです。
正確には、建築学科(を)攻略(したい人の)サイトです。
自分が建築学科出身で、今いろいろと仕事をしている中で、実際の現場を見て思ったこと、感じたことなどを、建築学生時代の経験に絡めて書いております。
よろしくお願いいたします。
 

カテゴリー:辛口エッセイ


2017年07月28日

建築学科特有の、あの超しょうもない思考について


建築学生たるもの、やっぱり建築学生である以上、建築のアイデアコンペに出して、一定の評価を得たいと思うのではないでしょうか。



そんな中、



「コンペは賞を狙うものではない」

「自分の納得する作品ができるかどうか?が重要だ」

「狙って時代に媚びる作品は、評価されていても俺(私)は認めない!」




みたいな意見を、この時代になっても”未だに”見かけます。



僕はブログやTwitterにも何度も書いていますし、昔から一貫して



「なら、わざわざ人が出した課題に沿って作品を作る必要もないし、コンペに出す必要もないじゃないですか。」



と、思っています。



つまり僕は



「課題に沿って作品を作った以上、良い評価を得るべきだし、コンペに出した以上、絶対に受賞するべきだし、賞を狙いにいくべきだ」



と、考えています。



仮に、



「コンペは賞を狙うものではない」

「自分の納得する作品ができるかどうか?が重要だ」

「狙って時代に媚びる作品は、評価されていても俺(私)は認めない!」




が、本心なら、だれかに課題出題されなくても、自分の「納得」を得るために自主的に作品作るでしょ?



けど、そういう孤独な創作は一切しないで、中途半端にコンペにチャレンジして、案の定落選して、挙句の果てには



「受賞することが重要ではない」



、自分が評価されないことに対して、あれやこれやと、言い訳をする。



別にいいけどね、だれが何の得をする思想だよそれ・・・。



何かと何かを比べるステージに自分の思想、作品をぶつけると、いやでも順位が付くのです。そのステージに出した以上、出した作品は



受賞するか、受賞しないか



の、どちらかの結果を残すんです。



”必ず”ね。



その二択のどちらが良いかって、そりゃ賞を取らないよりは取ったほうが良いじゃないですか。



そんなのは小学生でもわかることだと思います。



けど、なかなかそれが理解できない人が多い。



というか、理解していても変な哲学みたいなこと言って言い訳する人が多い。



「コンペに出したら、受賞しないより受賞したほうが良い。」

「仕事したなら、報酬をもらわないより報酬をもらった方が良い」



こんな小学生でもわかる単純なことを、



「作品は評価されることが全てでは無い云々かんぬん・・・」

「仕事の成果はお金では無く美しさで云々かんぬん・・・」



と、



すーーーーーーーーーーごい難しい言葉と理屈で説明してくるじゃないですか。



自分の努力が足りないことに、わけの分からない難しい言葉使って哲学的に言い訳する大人や学生に、何の知性も感じられない。



なんでそんなに難しく考えるの?面倒くせぇなぁ・・・



と、思うのです。



自分が自信もって提出した図面や模型が、箸にも棒にもかからないのが格好悪いとか思ってるんですかね??



自分が提出した作品や仕事が、評価されなければ、言い訳せずにまず手を動かして、何度も何度も見直して、改善していくのが当たり前じゃないですか??



それが、世間や時代に媚びへつらう行為なんですかね??



世間と接点を持つための適切な努力だと、僕は思っているのですが・・・。



僕もそうですし、僕の知り合い、友人も大体そうなんですけど、自信持って、最高の状態に仕上げて、普通に落選しますからね。



で、その度、誰にも何にも評価されなかった図面をまじまじと見ながら、



どこが悪かったのか?

何で人の心を動かすことが出来なかったのか?

提出した時、なんでこの作品が良いと思ったのか?

改善するとしたら、どこを改善したらいいのか?




と、ひたすら考えて、実際に訂正してみたり、人に見せて聞いてみたり、本やネットを見てみたりするわけです。



そして、その訂正と改善と観察を繰り返し、新たに改良を加えた自分の作品を出して、また落選して、また出して、落選して・・・・



そういうことを繰り返して、ようやく何か見えてきて、最終的に2~3個出せば、大体1個は通るようになるんです。



「俺(私)は、評価されなくて良い、ただ自分の好きな作品を作り続けるんだ!」



それはそれでいいんだけど、大体そういうこと言っている人って他人に自分の作品や本音をぶつけて、そのリアルな評価と向き合ったことが無いんですよ。



僕からしたら、そんな巨匠みたいな事は、コンペでも仕事でも、何本か取ってきてから言えよ



と思います。



悲観的になりすぎたあまり、



「俺(私)の作りたい作品は、時代の逆を行ってる!」



とか



「産業アートはもう飽きたぜ!」



とか・・・




そういう残念な哲学が深まれば深まるほど、社会と接点のない“自称アーティスト”になっていくように思います。
※僕の同期でも沢山いますからね、そういう思考になって、色々難しいこと言いながらプー太郎してる人。



勿論、そこから大ブレイクする人もいますが、そんなのは稀ですから。そこまで自分に才能がある自信があるなら、そうすれば良いと思いますけど。



とりあえず、変な言い訳哲学が深まると、行動もしない、結果も出さない、自分の周りから人が離れていく、という、思考スクルージ状態になるので、あまりおすすめしませんよ。
※スクルージ=小説、クリスマスキャロルに登場する、やたら気難しく面倒くさい爺さん



普通の頭使って、シンプルに考えて下さい。



金が無かったら生きられないor周りに人が居なかったら生きることが出来ない。

こういう状態で、自分だけが納得できる、自分だけのアート作品を作っていても、今の時代じゃ生きられないですから。

で、生きられなければ自分の好きな作品を作ることも出来ない。



当たり前でしょ?



じゃあちょっと強引なやり方で、自分だけの創作が評価される、自分に都合のいい世界を作る場合でも、結局自分をブランディングして人を集めなきゃいけないわけですから、やっぱり人と関わって、人からの評価をまじまじと受けなければいけない。



けど、そういう努力すらせず、難しい言い訳ばかり考える・・・。



どうしようもないよほんとに。



結局、どこかで社会と接点を持たなきゃいけないわけですから、しょうもないエゴにまみれた哲学の壁に囲まれて生活するより、社会と接点持った方が良いじゃないですか。



もう少しシンプルに、当たり前に考えたら良いと思います。



時に、何かに思考をめぐらせて、何か途方もないことを熟考することもほんとに大切なんですけど、そればかりやっていると目の前にある課題が何も片付きませんからね。



とにかく、そういう難しい言い訳をしていても何の意味も無いので、さっさとやめましょう。



最後に、



「コンペに通ること、誰からでもいいから仕事を取ってくること」は、自分が生み出した作品が、素晴らしいと認められた“お墨付き”をいただく行為に見えるわけですが、そうではありません。



自分が生み出したものによって、自分の世界と、自分のちょっと外の世界が結ばれる瞬間なんです。



こう考える(というか、こういう現実が分かる)と、



そりゃどんどんコンペに挑戦して、沢山受賞する(接点を持たす)べきだね!



と、思いません??



この接点が、自分の可能性と行動、思考をどれだけ広げてくれるかは、体験しないと分からないと思いますので、是非言い訳せずに体験してみてください。



※この内容は、過去に音声でも喋ったことがあったので、その記事のリンクも載せておきます。



記事はこちら

■ 個人的な意見をひたすら話してみた。

※この記事の真ん中くらいの”「コンペは賞を取ることが目的です。」の真意”というタイトルの音声です。




それでは!












posted by makku at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 辛口エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

質問力がもたらす効果

こんにちは。



2017年から、この建築学科攻略サイトに



「辛口エッセイ」



という短めの記事のカテゴリを作ろうと思います。



いざ記事を書こうと思うと大がかりで、文章も長くなるし時間もかかるから記事にするようなことでも無いけど、Twitterで140文字にまとめてツイートするには長いし、140文字にして書くと異常にとげとげしい文章になるような内容が結構あって、結局没にしたテーマみたいなのがいくつかあるんですけど、せっかくなので「辛口前提」で、短い記事にしておこうと思って2017年から始めます。



ちなみに、この「辛口エッセイ」は、僕が普段仕事や人間関係を営む上で、自分で気を付けていること、自分に課してることも含めて書いているので、厳しめというか、スパルタな内容の記事です。



だから読み進めると僕がすごく気難しくて怖い人に思えてくるかもしれませんが、そんなことは一切無いので。笑



あくまで、僕の厳しい1面を前面に押し出して書いた記事として読んで下さい。

※個人的にはこういう記事の方が内容は良いと思ってるんですけどね・・・。



それでは早速〜〜〜!



今回は質問力について。



学生の内はどっちでも良いんですけど、働き始めると「質問の仕方がうまい」だけで爆裂的なスピードで学習できるようになります。



学生時代に関わる身近な社会人と言えば、OBの先輩や親族を除いて、ほとんどが先生だと思います。



先生って、人に物を教えることを商売としているわけで、先生が学生の質問に適切に答えないというのは、教育者として失格ですから、どんな馬鹿げた質問が来ても、ちゃんと考えて的確に答えなければいけないのです。



ですが、この構図って学生時代だけの話で、社会人になると状況が一変します。



勿論、指導員がきれいにお尻を拭いてくれ、ご飯のしたくもしてくれる研修期間中は、指導員の先輩方があれこれ丁寧に教えてくれると思うのですが、研修期間が終わり、ビジネスのフィールドに放り出されたときは、周りが全員商売敵、組織的な会社員の場合は、出世争いの相手になってしまうわけです。



そうなったとき、誰かに何かを教えてもらうということが、学生時代と比べて格段に難しくなります。



まぁ、普通に考えて当たり前ですよね。



自分の周りに居る人たちは、常に自分の顔色をうかがいながら、



「良い子良い子、なにか分からないことはありまちゅか?」



と、優しく聞いてくれる、自分の親でも先生でも無く、市場から限りある“仕事”や“お金”を奪い合っている相手なのです。



分からなかったら優しくなんでも答えてくれるのは学生時代まで。



分からないことがあったら自分で考えろ。考えるのが嫌ならとっとと仕事辞めろってのがビジネスの世界です。



つまり、こういう環境で、人に質問をして、相手が丁寧に答えてくれたときというのは、奇跡に近いくらい有難いことなのです。



人に質問するということは、相手(答える側)の大切な時間を奪うっていうことですから、



「答えてもらえるととてもありがたい」



っていう意識で丁寧に聞くのがごくごく一般的な礼儀だと思います。



そのうえで、



「自分が質問したい内容が、相手に適切に伝わるのかどうか?」



「相手がスムーズに質問を理解できるかどうか?」




と、自分が質問しようとしている内容をよくよく考え、最大限に相手のことを考えて、内容を整理して聞くのが、聞き手が最低限やらなければいけないことだと思います。



たまに



「会社の上司が何も教えてくれない。何も教えてくれないくせに、ちょっと仕事を間違えればすごく怒られる。ここはブラック企業だ!」



みたいな意見を見るのですが、それは僕からすればもうクソみたいな発想で、そういう場合は



教えてもらえない環境を作っている自分が悪い



か、



能力のない自分が悪い



のです。



僕が今いる会社って「個人の結果が個人の給料」っていう個人事業主とほとんど変わらない業務内容です。



なんでもいいから個人で勝手に仕事取ってこいみたいな。



どっかで書いたような気がする話なんですけど、僕が新卒で今の会社に入社した最初のころ、研修もなにも無くて、ほんとに何やるか分からなくて、とりあえず仕事覚えようと思って分からない所を



「ここ教えてもらえますか?」



って先輩社員に聞いたら



「なんで私が一生懸命努力して、何年もかけて生み出したノウハウを、あんたにタダで教えなきゃいけないの?」



ってびっくりするくらい普通のテンションで言われたんですよね。笑



で、その時僕は



「あ〜、確かになぁ!」



って、すっごい納得したというか、関心しましたね。



その人もその人で仕事がありますし、生活がありますので、僕に懇切丁寧に教えている時間があったら色んなことが出来るし、お金も儲ります。



たとえばその先輩の時給が1万円くらいだとして、その先輩が僕に何かを教えるのに1時間使うとしたら、それだけでその先輩は1万円機会損失するのです。だから、僕が1万払うか、1万円分の何かをしないと割に合わないのです。



単純な算数で見ても、質問1回につき1万円くらいの価値があるわけで、その1万を捨てて自分に何か教えてくれるというのは、決して当たり前のことでは無く、ものすごく有難いことなのです。



で、僕は色々考えて、まず聞く前に自分で色々試すってのと、とにかく周りに居る人を観察するってのと、質問するときはいかに相手に時間を取らせないかを死ぬほど考えて、あの手この手で色々と教えてもらいました。



移動中に歩きながら聞いたり、車の運転手しながら質問しまくったり・・・



ブログとかTwitterとか見たらわかると思うんですけど、僕なんて相当生意気ですし、態度もでかいですけど、そんな僕ですらこういう地味なことをして、一生懸命学ぶわけです。



だって適切な質問が出来るだけで、人が何十年もかけて学んだことを最も効率良く学べるんですよ。こんないいこと無いでしょ。



それで、僕の場合は運も味方してくれて、相当早い段階で結果が出はじめました。



結果が出ると面白いもので、先輩も「俺が教えてやったから結果出たんだ」みたいな優越感を感じて、さらに色々と教えてくれます。



ここまで来るともうこっちのもんですよ。笑



ここぞとばかりに全部盗めばいいんです。



こういう感じでどんどん信用が出来てきて、人脈も広がっていって、今はめっちゃご飯とかに誘ってもらうんですけど、そうなると得しかしないですよ。



ご飯おごってもらったうえに、色々と教えてもらえますから。



レストランで1人1万くらいのご飯奢ってもらって、なおかつその人が持ってるノウハウをもらえるのです。これをお金に換算すると(なんでもお金に換算するのは良くないですが)、2〜3時間で4〜5万くらい得をするのです。



ほんとにね、誰かに何かを教えてもらう場合は、まず相手のことを最優先に考えて質問してみてください。これだけで学べるものが一気に増えます。



いつまでも学生気分が抜けてなくて



「え?分からなかったら教えてくれるんでしょ?」


「質問しているんだから、答えてくれて当然でしょ?」


「質問の意味くらい分かるでしょ?」



みたいな態度が見え隠れしている人って、偉そうなことぬかすわりに大体へぼい結果しか出しませんからね。



その癖に変にこだわりが強かったり、我が強くて生意気だったりするので、誰も味方になってくれませんし、何も教えてもらえませんよ。



勿論、誰かに何かを教えてもらわなくても全然大丈夫っていう天才ならそのままでいいんですけどね。



とりあえず、生意気だったり、こだわりがあったり、自分の強い思想があるのは大変いいことなんですけど、そうだとしても、誰かに教えを乞うときくらいは



「最低限の礼儀だけはわきまえたほうが良いよ」



と思います。



僕も今ブログとかTwitterで、よく質問とかもらったりするんですよ。



僕は自分が苦労した分、自分は極力人に聞かれたときは丁寧に対応しようって思っていますけど、こんな僕でもTwitterやブログやメールで質問されて、答える気が失せることありますからね。



「俺(私)のこと、もちろん知っているよね?」



って態度で声かけられても、Skype雑談の回数が多いとか、よくDMでやり取りしているならまだしも、そうじゃないなら知らないに決まっているじゃないですか。知る必要もそんなに無いし。



普段の質問の内容とか見ていても、この前の「贅沢なオープンデスク」の応募メールとか見ていても、ほんとに質問やメールが下手な人が多いです。

※逆に、今回参加になった人は、その辺がすごくうまかったです。それだけが参加の原因では無いんですけどね。



別に僕にこびへつらって、僕の機嫌をうかがいながら質問してくれなくてもいいんだけど、質問には極力丁寧に答えようと思う反面、僕には答える義務は全くないわけで、むしろ質問を読んで、回答を見直している時間があれば、そこそこのお金稼げますし、遊びに行ったり、嫁と美味しいもの食ったりできるので、あまりにひどい内容だったら適当に流してスルーしてしまいますからね。



で、そういう質問をスルーして空いた時間を使って、ちゃんと考えて質問をくれている人に丁寧に答えたいと思います。



こんなのは人間として当たり前の感情でしょ。



こういうのは質問する側も時間使った割に何も得られませんし、される側も不快になるので、うまくバランスを取って質問力を身に付けましょう。



で、質問に答えてもらったら



「ありがとうございました」



と、素直に聞きましょう。



素直にね!!!!!笑



これも良くあるんですけど、質問に答えている途中で



質問者「OOっについてどう思いますか?」


僕「僕は■■だと思いますよ。」


質問者「でも、僕(私)は実はこうだと思っていて、それは云々かんぬん・・・」



と、ここぞとばかりに張り合ってきたり、薄っぺらい知識ひけらかしてくる人がごく稀にいたりするんですけど、そんなの僕の知ったことじゃない。
※雑談の時とか、リラックスしてる時は全然大丈夫ですけどね。



そんなことを言われなくても僕は仕事沢山あるし、生活にも困ってないし、第一周りに優秀な友人が沢山いるので、その人たちに聞きますから・・・。



勿論、持論を述べること、意見を持つことはものすごく大切なので、そういう活動をした方が良いのですが、タイミングとか場所を考えないと。



そうやって自分の場違いな主張を述べる時間あったら



「その見識を使って自分で仕事の1件でも取って来いよ・・・」



と思ってしまいます。



質問したなら素直に聞きましょう。で、素直に聞く気が無いなら最初から自分の見識に自信を持ってく行動して下さい。見識が正しいなら、現実で結果が出てるはずですから、質問するほど困ってないはずです。



とりあえず色々と書きましたが、難しく考えなくていいんです。



がめつくても、何度質問しても、質問するときに相手のことを思いやり、答えてもらうことに感謝すれば良いだけですから。



これは相手のためにもなりますけど、ほんとに自分のためになります。



是非是非、自分が得をするために、先人から多くの物を効率よく学ぶために、相手のことを思いやり、考えて質問し、答えてもらった時は素直に感謝する力を身に着けて下さい。



それでは!



※最後に、もう1回書いておきます。



この「辛口エッセイ」は、僕が普段仕事や人間関係を営む上で、自分で気を付けていることも含めて書いているので、ちょっと厳しめというか、スパルタな内容の記事です。

だから読み進めると僕がすごく気難しくて怖い人に思えてくるかもしれませんが、そんなことは無いので。笑

あくまで、僕の厳しい1面を前面に押し出して書いた記事として読んで下さい。



【お知らせ】



「辛口エッセイ」スタートの記念で、僕に質問くれる時に、「辛口」で返答するか、いつも通りの「甘口」で返信するか選べるように、辛口で回答が欲しい場合は文章の冒頭に「辛口希望」と書いて質問下さい。
「辛口希望」と書いていない場合は、いつも通り僕が優し〜〜〜く答えます。



辛口希望と書いてもらえれば、必要に応じて辛口で返答します。

※「辛口希望」と書いてあっても、僕が見て辛口の必要なければ、わざわざ重箱の隅をつつくようなことはしません。



ちなみに、辛口になると言葉や表現にトゲが出ますが、僕も傷つけようと思って回答するわけではなく、誠心誠意をもって僕なりに適切な回答をしますので、甘口よりは辛口の方が、オブラートが不要な分、直接的で良い回答になると思います。



社会人になって恥をかかないように、質問練習で「辛口希望」と書いて、どんどん質問をしてくれても良いですよ。(イタズラはやめてね)



それでは、よろしくお願いします。



posted by makku at 14:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 辛口エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする